猫マンガ「グーグーだって猫である3」感想
2007.07.13.Fri
![]() | グーグーだって猫である (3) 大島 弓子 (2007/05) 角川書店 この商品の詳細を見る |
いつの間に3巻が発売されてたんだ〜(>_<)
というわけで、待ちに待った約4年5ヶ月ぶりの新刊です。
2年に一冊発行じゃなかったんかいっ!という突っ込みは置いておいて(笑)
待った甲斐のある充実した内容でした。
作者の大島弓子さんは長い間一緒に暮らしていた「サバ」という猫を亡くして、その後に「グーグー」というアメリカンショートヘアの猫と出会います。
そして近くの公園で拾った「ビー」も一緒に一人と二匹の暮らしが始まるのが一巻。
ご自身が患ったガンのための入退院を繰り返しながら、「クロ」と「タマ」も同居を始める二巻。
で、四匹の猫と一戸建てを購入して引っ越してしまう三巻。
ちなみにあとがきには「現在9匹の大所帯です」とあるので、4年後か5年後か10年後に発行されるであろう四巻では一体どんなことになっているのか想像もつきませんね(笑)
でも、なんとなく気持ちはわかる気がします。
最初の猫「サバ」とはずっと二人暮しだったのに、その後はなぜかとめどなく猫が増えていってしまう現象…
実は私も、将来はそうなるんじゃないかなあ…なんて思います。
いまは、あらたで手一杯だし、なんでもまずは「あらた」が中心なんですが、もしそれが無くなってしまったら、その喪失感は並大抵ではないでしょう。
(なんて書くだけでも、ちょっと辛いぐらい)
「いさやまもとこ」さんという方が猫マンガの中で描いておられましたが、一人暮らしの女と猫は「人間と猫」ではなく、人間と猫が混然一体となった新しい別の生き物になってしまうそうです。
つまり、それぐらい「同一」しちゃうわけですね。
確かに、大島弓子さんも、「サバ」のことを描いた猫マンガの中で「サバの喜びは私の喜び。サバの苦しみは私の苦しみ」とおっしゃってました。
私はこの両方に、うんうんと深く頷いてしまうのです。
だから、「サバ」を失った後の大島弓子さんが「グーグー」だけじゃなく「猫」というもの全部に愛情を注がずにいられなくなるのは、自然の流れのように思います。
まあ、我が家の場合は「私があらたを好き」なんじゃなく、「あらたが私を好き」なんですけどね。
ホントですよ〜(笑)
って、これは「伊藤理佐」さんが猫マンガで書いていた台詞ですが(笑)
ところで私は不動産も大好きで、「家を買う」とか「建てる」とかいうのを見るのも聞くのも大好きなんですが、今回の「グーグーだって猫である3」には作者が一戸建てを購入する様子も描かれていたので、「猫マンガを読みながら不動産の話も読めて一石二鳥」な気分です♪








ゆず(07/19)
寒月(06/28)
massiy(まろん)(06/22)
寒月(06/12)
まろん(06/08)